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鶴岡克人のプロフィール ~ なぜコンサルタントなのか? なぜ歯科なのか?

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Written by
鶴岡 克人

こんにちは!シーエイチアイ代表、ポジデン編集長の鶴岡です。

さて、まずはじめに私がコンサルタントになったきっかけを
ご説明しようと思います!

 

人生を決めた2つのアルバイト


さかのぼること25年以上前。

小中学生のころの私のあだ名は「おせっかい鶴岡」。

 

今でこそ、「過度の親切はかえって嫌われる」ことをよく分かっていますが、当時は、困っている仲間を見つけては、半ば強引に「親切の押し売り」をしていました。


そんな私の将来の道を決めたのは、高校1年の時にはじめた、2つのアルバイトでした。

そのアルバイトとは
「測量の補助」と「大型の酒屋の店員」です。




測量補助のバイトでは、地図作りのため、「スタッフ」と呼ばれる長さ2Mぐらいの目盛りのついた棒(右写真)と、最長50Mの「メジャー」を両手にもち、指定されたポイントへ次々移っては距離と高さを計測していました。

ちなみに時給は800円。


一方、「酒屋」のバイトでは、その店が大繁盛していたこともあり、
お客さんがひっきりなしにやってきて、とにかく声をよくかけられました。


中でも大変だったのは、3Mぐらいの高いところにあるビールケースを下ろす作業。(もちろん機械はありません。脚立での作業です)


さらに、そのまま200Mぐらい離れたところにある駐車場まで運ばされたりと、若い肉体をもってしても体力的に相当に厳しいものでした。

そしてこのアルバイトの時給はたったの530円。(恐ろしく安い!)


これらのアルバイトを通して、自分自身について気づいたことがありました。

「誰かに直接喜ばれないと、いくらお金をもらっても面白くない」


測量のバイトは、ほとんど誰とも話をせず、ただ黙々と指示されたように動くだけ。
「早く夕方にないかな」と、ただただ時が過ぎるのを待つ毎日でした


一方、酒屋のバイトはお客さんからひっきりなしに声をかけられ、
「おせっかい」をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。


そして、どれだけ疲れたとしても、自分にとって本当に楽しかったのは
時給530円の「酒屋」のアルバイトでした。


「測量」の仕事が決して悪いということではありません。
ただ、そのとき本能的に悟ったのは、自分の性格に合わないことを
仕事にしてしまうと、どれだけお金をもらっても、それは「苦痛の毎日」になるだろう
ということ。



実は、酒屋のバイト先では、周りから少し不思議な目で見られていました。

ご想像の通り、ビールケースの上げ下ろしはものすごく疲れます。
誰もができればやりたくない。

だから、お客さんに声をかけられないよう、
ビール売り場の近くには店員はほとんどいませんでした。


にもかかわらず、そんな場所に自分はわざわざ近づいていたのです。

理由は簡単。そこでお客さんが困ってそうにしてるから。
(もはや、完全にMですね。)

そうやって、気づいた時には「ビール担当」になっていました。


そんな自分が好きでもあり、周りから利用されやすいタイプなんだなと
悩んだりもしたわけですが、ただ一つ分かったのは
「おせっかいはもう治らない」そして「おせっかいが気持ちよい」ということでした。


もはや逃れられない自分の性格。
仕事は一生するものだから、「おせっかい」を仕事にするしかないと、
このとき確信したのでした。



そして高校2年のとき。
学校から、およそ100ページに及ぶ1冊の冊子が配られました。


正確なタイトルは忘れましたが、それは「世の中にあるさまざまな仕事」について書かれた冊子でした。


最初は「いろんな仕事があるもんだ」と、なんとなく興味本位で読んでいたのですが、ある仕事に目が留まりました。それは「公認会計士」という職業です。


「公認会計士」とは上場企業の会計監査がメイン。
ただ、私が一番気になったのは、公認会計士の仕事のひとつとして
冊子の片隅にほんの少しだけ書かれていた「コンサルティング業務」でした。


「専門的立場から、企業に対して経営のアドバイスを行う」

その冊子にはたった数行しか書かれていませんでしたが、
自分の目には十分魅力的に映りました。

「これならおせっかいが仕事になるぞ!」

しかも、そこに書いてあったモデル収入がすごくよい(笑)!
もはやこれしかないと、そのとき確信したのでした。


 

俺は総理大臣になる!!

それから大学へと進学。
しかし、あこがれのコンサルタントになるには「公認会計士」の資格をとらなくてはなりません。

ご存知の方も多いと思いますが、「公認会計士」は
司法試験に次ぐぐらいの超難関資格。


そこで、大学と専門学校の両方に通う、
「Wスクール」生活をスタートさせました。

朝は8時から大学の図書館へ行って、講義を受けてから専門学校へ移動。そこで夜9時ぐらいまで勉強してから帰宅すると夜11時。


会計士は「簿記」から「経済学」「商法」にいたるまで、とにかく幅が広い。しかも、全7科目を一発で合格しなければならず、大学受験とは比べ物にならないほどの難しさでした。


こんな生活を2年ほど続けましたが、一向に成績は伸びず。
とにかく、意地になって勉強していました。


やがて、大学3年になり周りも就職活動に向け動き出しはじめるころ
ある友達とこんな話をしました。

「ツルはさ、就職活動しないの?」

「まあとりあえず資格を取らないとどうしようもないしな。で、お前はどこ行くの?」

「俺はマスコミ狙い。」

「へえ~、マスコミか。そういうの興味あったんだ。」

「いや、マスコミには直接興味はないよ。」

「??どういう意味」

俺、総理大臣になるからさ。
  マスコミなら外からいろいろ見れるし、お金も集めやすそうだし」


最初は冗談かと思って聞いていましたが、
話をするにつれ、彼の本気度が相当なものであることが伝わってきました。

「よく考えたら、うちの大学から総理大臣って出てるよな。
ひょっとしたらこういう奴がなるのかも…。」

それまで、普段一緒に飲んだくれていたその彼が、
急に「すごい奴」に見えた瞬間でした。
(ちなみにその彼は、宣言どおり「よみうりテレビ」に就職しました。)


そのときの自分のといえば、難関資格に挑戦しているという建前のもとに

「ただ、がんばってることに自己陶酔しているだけ」
「周りから逃げたと思われたくなかっただけ」


自分のプライドのために、現実を受け入れられていないだけだ
ということに気づかされました。


当たり前ですが、社会に出るということは、誰かの役にたってお金を稼ぐことです。
そして、自分がやりたかったのは「公認会計士」という資格を取ることではなく、
この「おせっかい」な性格を生かして、「コンサルタント」として役に立っていくこと。

そして、「公認会計士にならなくても、コンサルタントにはなれる。」
このことには、だいぶ前から気づいていましたが、
そのころは資格を取ることそのものが目的になっていて、
完全に本質を見失っていました。


こうして、彼との話をきっかけに、「コンサルティング会社への就職」
へと軌道修正することにしたのです。


 

世界最大のコンサルティング会社。魅力と限界。

そうして入った会社が、当時、学生にはまったく名の知られていなかった
「プライスウォーターハウスコンサルティング」という外資系の会社でした。

クライアントはすべて1部上場企業。
大企業の部長クラスの方と一緒に仕事ができたりと、
若いながらも貴重な経験をつめることに、最初の数年は意気揚揚と仕事をしていました。

しかし、あるテレビ番組をきっかけに、疑問の日々がはじまります…。

それは、「愛の貧乏脱出大作戦」

今にもつぶれそうな飲食店など、瀕死の小規模自営業者が主役。
ここに、「その道のプロ」がやってきて、お店をたて直すという、いたって明快な番組です。

ここに出てくる経営者は、ほとんどの人が借金をかかえていて、生活が成り立たなくなる寸前の人ばかり。人生の岐路に立たされ、真剣に困っています。

もちろんテレビ番組ですから、その宣伝効果もあって、かなりの確率でうまくいきます。裏事情はいろいろあるでしょうが、それでも、助けてもらった人たちは一様に涙を流すほど喜んでいる


そんな様子をテレビで見ていて、
「自分が目指していたのは、こういうコンサルティングではなかったか」
と、再びまた初心を思い起こさせるものでした。


当時の私の仕事は、決してつまらないものではありませんでした。
大企業の業務システムをつくったり、さまざまな調査をしたり、経営管理の枠組みを考えたり。
どの仕事も、影響範囲が大きく、しかも数億円規模のプロジェクトも少なくありません。

ただ、考えれば当たり前ですが、大手企業が私たちに依頼するのは、
困っているのはもちろんですが、「外注したほうが楽・得だから」という側面があります。
そして一番大事なのは、誰かを喜ばせることではなく、「納期内・予算内に収まるかどうか」です。

大きな組織が相手である以上、どうしようもないことですが、
「おせっかい」な私としては、あのテレビ番組のように
「もっとダイレクトに」誰かに喜んでほしい。できれば涙を流すぐらいに。

そして、入社から5年たった2002年の6月。
会社を辞めて独立し、「小規模専門コンサルティング会社 シーエイチアイ」を立ち上げました。


 

なぜ歯科なのか?

シーエイチアイはなぜ歯科専門なんですか?」

よく聞かれる質問ですが、答えは簡単です。

「おせっかいをして、すごく喜ばれるから」


ドクターを話をしていて、強く思うことがあります。
それは、皆さんが「経営者になりたくて経営者になったわけではない」こと。

歯科医師になる時点で「開業」をイメージされていた先生は多いと思います。
しかし、いま40代、50代の先生は、歯科医師になりたてのころ、
ここまで競争が激しくなるとは思っていなかった方も多いでしょう。

そして、ほとんどのドクターは、高校生という、世の中もわからない未熟な年齢で、
歯科医師という自分の将来の道を決めて、今を生きています。

そんな、半ば、逃れられない運命の中で、
やりたくもない「経営」を苦痛に感じている先生がたくさんいます。

私の役割は、そうした先生方に「経営」が決して辛いものではないと伝えることです。

「経営者」というと、とかく、競争とか売上とか、
誰かを蹴落としたり、患者さんを
丸め込む方法を考えるのが役割だと考えがちですが、
私の考える「歯科医院の経営者」はちょっと違います。


「最良の口腔内の状態を作るために、患者さんとの信頼関係を築くこと」

これを目指すのが、私が思う「歯科医院経営者」としての役割です。


今まで、「疾患」という現象しか見てこなかったことを反省し、
そこに来る患者さんの「気持ち」にもっと配慮する。

そうして、信頼関係を築き、最良の治療を受け入れてもらい、
さらに、メンテナンスの意義もちゃんと理解してもらう。

そうすれば、自然に患者さんは集まり、経営も安定していきます。
そして、なにより救われるのは、信頼できる歯科医院に通うことのできる
患者さん自身です。


誰も損しない、誰もが得する、それを目指すのが「医院経営」だと思っています。


そして、こうした話をクライアント先やセミナーで話すことで、

たくさんの先生から、いろんな声をかけられます。

「自分のやってることに間違いがなかったと確信できた」
「ちゃんと『
経営』をやってみようと思う」
「やる気が出た」

「元気がでた」
「すっきりした」

今、たくさんの先生が「経営」で迷い、苦しんでいます。

ただ、「経営」は決して苦しいものじゃありません。
やればやるほど、患者さんに喜ばれる、そして医院の収入も安定する。

この業界でこうした「経営」のあり方を伝えていくことこそ、
私の人生をかけた「おせっかい」だと思っています。


これから先、先生も私も、まだまだ人生が続いていきます。

私の目下の目標は、この経営のあり方を多くの先生方に知ってもらい、
業界全体の考え方を変えていくこと。

そして、「口腔内の健康を真剣に願う患者さん」にそうした医院の存在を
知ってもらい、「いい患者さん」と「いい病院」をマッチングさせていくことです。

ポジデンやデンタルーペは、そのための礎をなすものであり、
まだまだこれから進化していきます。

皆さんも、ぜひ私たちの進化を楽しんでいただき、同時に
よりよい歯科医院作りにこのポジデンの情報を活用いただければと思います。


以上、自己紹介に代えて。
長文お読みいただき、ありがとうございました。

 

 2012年8月15日 14時57分

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